2008年05月10日

朝宮

多羅尾を満喫。307号線に戻り422号で北上、再び琵琶湖に向かう。
その途中に、目指す富川磨崖仏があります。

降ったりやんだりの雨の中、道沿いに茶畑が広がっていました。
すぐそこに、お茶の直売所が。
朝宮は有名なお茶の産地で、奈良の茶粥はここのお茶で作られるそうです。

無農薬の田舎番茶を購入。
葉をよっておらず、まるで枯れ葉のようなのですが、なんともいい香り。
やかんや土瓶、お鍋で煮出してねと、お店の方に言われました。

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帰宅後、すっかり夢中に。
がんがん煮出しても、全然エグ味がでません。一日中飲んでいます。

また買いに行こう。


( 続 → )
posted by K10 at 23:59| 春旅2008/05/05

多羅尾3(滝の脇磨崖仏)

車に戻り、先ほど女の子たちが教えてくれたとおりに行く。
「ここまっすぐ行って、駐在さんのとこ右に曲がって、すぐだよ。」
迷わずに行けました。みんな、ありがとうね。

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正中二年と銘があるそうで、鎌倉時代に彫られたものです。
岩洞の磐座とは全く趣の違う、柔らかく穏やかな仏様。
ずっと、道行く旅人や村の子供たちを見守ってこられたのでしょう。

私の心も、静まりました。
posted by K10 at 23:31| 春旅2008/05/05

多羅尾2(岩洞山不動尊)

下調べの段階では出てこなかったお不動様。

「岩洞山不動尊の石像は、ここから山に向かって500m程入ったところにあり、信楽町大字多羅尾字古屋ケ谷の奥の山の上に位置しており、弘法大師が作られた石像である。
弘法大師は、中国から帰られ、真言宗の聖地を開こうと多羅尾の地に来られ、土地を調べられたが、少し意に合わず断念され、その際に不動明王の尊体を彫刻され、自ら据えられたと言い伝えられている。」

看板の言葉。
むむ、空海殿か。石像ですし、なぜかとても気になったので、行ってみることに。

山にむかって少し歩くと、道が分かれています。ちょうどそこで、草刈りをしている男性がいたので聞いてみました。

「ああ、お不動さん。この道をまっすぐ登って。20分くらいは歩くよ。」

20分!?予想外。でも、ここで引き返すのは悔しいのでがんばることに。
雨はちょうど上がっていましたが、空はまだ厚い雲に覆われています。なので、山道はかなり暗い。落ち葉も濡れて、滑りやすいのです。しかも、狛坂のように観光用に整備されておらず、土地の人がそのままに使う山道なので、軟弱者の私はかなり不安でした。熊でも出てきそう。
ちょうど鞄に、蛙の形をした鈴が入っていました。これは、6年前はじめて近江を訪れた際、湖東木之本のお寺で求めたものです。これを手首につけ、シャンシャン鳴らしながら登りました。

息を切らして辿り着いた祠。
なんとお不動様は、しっかり閉じられた祠の中。
全く拝観することができません。
しかし、そのまわりの磐座。なんという光景。
ものすごい重力を感じて、はっきりいって、怖い。



写真では妙に明るく写っていますが。
古代の信仰対象であったことは、ほぼ間違いないと思います。
(弘法大師様と巨石・磐座信仰は、他の土地でもよく結びついていた。要考察。)
これはもう、美しいとかそういう針が振り切れたところの感動。

岩に彫られた梵字。



この岩の隣に、鏡岩という表面がスパっと平な大石が。
「鏡」の文字をみたとたん、吉野裕子『蛇』を思い出し背筋が凍る。

「…カガチ、カガミ、カカシ、その他、語根に「カカ」を含む語を考察してきたが、その結果、これらの語にはいずれもなんらかの形で蛇に関わりをもつと推測するに至った。」(吉野裕子『蛇』P.124 講談社学術文庫)

ものすごく、いっぱいいそう。いない方が、不自然。
アオダイショウならまだしも、マムシだったらどうしよう。
雨上がりなんて、蛇が一番、ものすごく元気に活動しそう。
蛇は特に苦手ではないけれど、今は絶対に一番会いたくない。

畏怖の念、といえば格好がよいですが、もっと単純な恐怖です。
磐座の放つものすごいエネルギーと、それに引寄せられているだろうたくさんの蛇を想像して、落着くのに必死でした。
手首の鈴を、振り回さんばかりに鳴らしながらの下山。

道路に出たら先ほどの男性はもうおらず、刈られた草の匂いが漂っていました。


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posted by K10 at 22:03| 春旅2008/05/05

多羅尾1

多羅尾の里は滋賀県の南端、すぐ先は京都、三重。
大戸川沿いに、細長い里でした。

目指す磨崖仏が、なかなか見つかりません。
里のはずれ「岩洞山不動尊」の看板はありますが、これは磨崖仏とは違うよう。
その看板の所に車を置き、誰かに聞こうと歩きはじめました。

草刈り機の音が聞こえてきます。
花がそこここに咲いて、そこいらじゅう春の匂い。
いい里だなあ。

公園があって、小学校4〜5年生くらいの女の子が数人、一輪車にのって遊んでいました。

「この近くに、大きい岩に、小さな仏様をたくさん堀ってある場所、ない?」

女の子たちは一瞬、顔を見合わせると一斉に
「知ってるよ!あのね、あのね。」
「むこうのね、駐在さんのお家の前をね・・・。」

小鳥みたいで、なんて可愛いんでしょうね女の子たち。

ありがとう、ばいばーい、と別れました。


( 続 → )
posted by K10 at 20:35| 春旅2008/05/05

妙感寺地蔵磨崖仏

雨は降ったりやんだり(降る時は、かなり強くなります)。
1号線をさらに東へ、「三雲西」交差点を右折。53号線を南下。
「妙感寺」の標識にそって右折、川沿いの道を2kmほど。

妙感寺は臨済宗のなかなかに大きなお寺です。
駐車場に車を置き、お寺の裏山を登っていきます。
10分ほど登ったところに木とトタンの小屋。仏様は、そのなかに。



お地蔵様の左右に、掌善・掌悪の稚児像が彫られているのが特徴。
鎌倉時代の仏様、とても美しかったです。

* * * * *

ここから次の目的地「多羅尾」まで307号線を南下。
そろそろお腹がすいたので、道沿いの70年代後半を思わせる喫茶店にて、夫はフライ定食、私はドライカレーセット。
市が立ちにぎわう信楽を通り抜け、車はどんどん山のなかへ。


( 続 → )
posted by K10 at 18:28| 春旅2008/05/05

車谷不動磨崖仏

善水寺から車を出し、岩根の里をゆるゆると走る。
この頃から、空がぐんぐん暗くなりはじめ、ああ降りそうだなあ。

岩根山小学校近くの集会場に車を止め、磨崖仏の標識に沿って山に入る。
しばらく登ったところに、ありました。



像高4m。江戸時代に彫られた不動様です。
なるほど、お顔立ちといい姿勢といい、なんだか歌舞伎っぽい。

それにしても、磨崖仏にお会いするにはひたすら山登り。
夫君は、朝から筋肉痛。
私は意外と平気、でしたが・・・むしろ歳のせい?

山を下る頃から雨が降りはじめました。
まわりの田んぼで、一斉に高くなった蛙の声が耳に残りました。


( 続 → )
posted by K10 at 01:09| 春旅2008/05/05

岩根山不動明王磨崖仏

善水寺から不動寺に至る山道を、徒歩で20分ほど歩いて下る。
無住の不動寺には、磨崖仏へ向かう拝殿があるのみ。
切り立つ崖に彫られた仏様なので、拝殿もかなり厳しい建ち方。



本当に、殆ど仏様にくっつかんばかりに拝殿があるので、
そのまま拝むには、こんなふうに真下から。失礼いたします。

お顔は、風化が進んでいます。
ですが、これこそ磨崖仏のあるべきお姿なのでしょう。

制作年代は室町時代。
「卜部左兵衛入道」さんが彫られたとの銘が残っています。
卜部さんとは、代々続くこのお寺の住職の姓だとか。

言葉が彫られていると、さらに愛着が湧く私です。


( 続 → )
posted by K10 at 00:41| 春旅2008/05/05

善水寺2(地蔵堂脇に)

善水寺の駐車場から石段を下り、地蔵堂へ。
その途中、この小さく素朴な磨崖仏はあります。

石の、左上に注目。



写真が下手で暗くなってしまいましたが、アップを。




それにしても、この、磐座。
やはり古墳の石、なのかしら。
古代信仰と巨石への興味が、むくむくむくむく。


( 続 → )
posted by K10 at 00:17| 春旅2008/05/05

2008年05月09日

善水寺

国道1号線を「夏見」の交差点で左に折れ、思川を渡ると里に入る。
岩根山を車で上っていく途中に、目指す不動磨崖仏の看板がチラリと目に入るも、
とりあえず国宝のお寺を参ることにする。

30台は停められる大きな駐車場、でもこの時間はまだ数台ほど。
車を降り、拝観料を払って中へ。

山懐に、ゆったりと大きく座る、優美かつ重みあるお寺の姿。



本堂にあがると、和尚様が実にきびきびとした美しい動きで、白布を折りたたみ何かの準備をなさっています。
中央には扉の閉まった厨子が。そのまわりに、様々な大きさの、木彫りの仏様が何体もみえました。
私たちがお参りをすませるのを見ると、和尚様は準備の手を止めて、仏様の説明を始められました。

ご本尊の薬師如来様は秘仏のため、お写真での拝観(ご開帳の時は定められていないそうです。ちなみに前回は平成13年、52年ぶりのこととか)。その他、平安時代に彫られた木造の仏様たちに、お会いすることができました。

和尚様の姿勢とよく似た、簡潔でわかりよい説明のあとは、ゆっくり堂内をめぐり。
残る彩色に、胸がじんとしました。ああ、1200年前の、色。
石仏とは全く異なる、繊細な技術にうっとりする。
最後にもう一度お参りをして本堂を出ようとしたら、和尚様に声をかけられました。

「甘茶の準備ができました。どうぞ。」

そうか、今日は花祭り。お釈迦様のお誕生日でした。
甘茶かけは初めての経験。高さ20pほどのお釈迦様の像に、金の綺麗な形の柄杓で甘茶をすくい、おかけします。
(竜王のお祝い、甘やかな雨というのも、ああぐっとくる。)
「なんだか妙に楽しい気分になるねえ。」と子供みたいな夫君。
甘茶も頂きました。本当に、びっくりするほどに甘い。
(ちょっと、喉が焼けるような甘さ。お薬なのですね。)
お寺の境内にも甘茶の木が自生しており、和尚様はわざわざ庭に降りて見せて下さいました。

善水寺は、信長の焼き討ちを免れた、数少ないお寺です。
このため、比叡山のもとあった姿を知る術ともなっています。
その善水寺も明治時代、資料整理のためたまたま古文書類を村役場に預けていた時に、役場が火事で全焼。古書は、江戸から明治の数冊が残るのみとなってしまったそうです。
しかし、寺に残る平安期の立派な仁王様は、山門が大水で流された時、折よく本堂に移されていたために、難を逃れたとか。

消えゆくもの。残るもの。歴史は気まぐれ、なのでしょうか。


( 続 → )

追記:

平安期の素晴らしい仏像を見ていて、岡野玲子『陰陽師』2巻の中にあるお話を思い出しました。東寺の優れた仏師が四天王のおひとり広目天様を彫っている折、踏みつける邪鬼が逃げ出してしまった。邪鬼が山で人にいたずらをして困るので、安倍晴明が捕まえ仏師に返したというもの。
さもありなん。平安期の仏様は、実に優雅に、生き生きとしていらっしゃいます。

posted by K10 at 10:16| 春旅2008/05/05

レストラン「うしお」

厚い雲。まだ降り出してはないけれど、天気予報は雨。
8時半、宿を出る。

1号線を東に走っていくうちに、「ここは通ったことがあるぞ」と夫君。
数年前、平成6年グットデザイン賞を受賞したカフェを見学にきたそう。
探すまでもなく、道沿いに発見。

少々驚くほどに洒落た建物。(写真を忘れました。残念。)
せっかくですから、ここで朝ご飯をいただくことに。
木とコンクリート、大きなガラスと、植栽が実に見事。
建材にもかなりお金をかけている模様。
中からみる景色は、ちょっと軽井沢かと思う程。

しかし店員さんのユニフォームやメニューは、なんというか、
実に実に庶民的。

このギャップは、なかなかない。面白かったです。
夫はオムレツのモーニングを、私は和風リゾット(つまりおかゆ)。
体を暖めて、さっそく目指すは善水寺。


( 続 → )

posted by K10 at 09:53| 春旅2008/05/05