2008年05月17日

お伊勢参り(4)

おかげ横町にて。

☆ Jun ちゃん:抹茶ソフト
☆わたし   :岩がき

それぞれに食べたいものを食べ、

☆一緒に「赤福」

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ちゃんといただきました。


帰り、高速から見た夕日は、今年見たなかで一番完璧な夕日でした。
また一緒に、いろんな所へ行こう。

* * * * *

(おまけ)
名古屋に戻って、夫君合流。
お気に入りの中華料理店へ。
紹興酒の壷が並ぶ地下への階段とか、ごつごつしたレンガと木の床とか、
ほんとに、中国に来たみたいな。←行ったことありません。

食べましたねえ。
日射しに火照った体に、山盛りのくらげとキュウリはハマるなあ。
名古屋ではこの店でしか食べられない、鉄板で焼かれた包子は香ばしくて旨い。しっかり入った肉汁、火傷に注意。
名前を忘れてしまいましたが、中国野菜と豚肉の炒め物も実にハオチ!
その他、上海風春巻や本格麻婆豆腐(辛くて香辛料が効いてて旨いー)。
モリモリ食べてデザート(杏仁豆腐&胡麻餡白玉)まで。

中華を出た後はコメダでコーヒー飲んで締め。最高。


posted by K10 at 19:58| 春旅2008/05/04

お伊勢参り(3)

二見で禊、いよいよ内宮さんへ。
五十鈴川で御手水。川面がきらっきらで、魂が少し体からずれる。

縁と暖かな思いやりによって、この日私は御垣内参拝ができる書状を持っていた。
少しどきどきしながら、神主さんに声をかける。
色々と心配事もあったのだけれど、すんなりと参拝は叶いました。
白い玉砂利に足を乗せたら、脛から上へ、突き抜けるように何かが走った。
しみじみ、この国に、私はつながっているのだなあ。


* * * * *

内宮さんから、猿田彦神社へ。
道開きを願い、佐留目神社で天宇受命(天の岩戸を開いた女神様)に手を合わせる。

カシワデが響く時、とてもいい気持ちになる。

* * * * *

これにて、この日のお参りは終了。
いっぱい神頼み、したねえ、と笑う。

Jun ちゃんの、穏やかな顔つきにうっとりした。
彼女は伊勢生まれなのだった。






posted by K10 at 19:33| mini tabi

お伊勢参り(2)

亀山から伊勢道に戻り、ぐいぐいと車を飛ばして二見へ。
目指すは二見興玉神社。

到着は2時。よいお天気(つまり紫外線は猛烈)。
日傘もささず帽子もかぶらず、無防備に歩き回る。
なんだか、そんな気分だったのだ。
夕方には大後悔(顔じゅう、ひりひり痛いったら)。


海は、いいねえ。
Jun ちゃんとは、けっこう一緒に、よく海に来るねえ。
泳いだことは、一度もないけどねえ。

鳥居から一番奥の竜王様まで、ゆっくりお参りをする。
叶えて頂いた願いの、御礼を、ゆっくりと。

空が、宇宙まで抜けている。
星までみえそうだな。

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posted by K10 at 19:09| mini tabi

お伊勢参り(1)

この日を丸ごと空けるために、前日は楽譜をいつもの倍の集中力で読みきる。
学生時代からの友 Jun ちゃんが、連休をとっての里帰り。
一緒に、お伊勢さんへ行こうと約束していたのです。
mini. と Jun ちゃんは初対面。これからもよろしくー。

* * * * *

まずはJun ちゃんお薦めの、亀山にある自然食のお店『月の庭』さんへ。

http://www.za.ztv.ne.jp/tuki-niwa/top/top.html

玄米や五穀米を使った、体に沁み入る美味しさのランチをいただく。
「エリンギの新茶マリネ」と「ユキノシタの天婦羅」がツボでした。

建物もとても素敵。さりげなく飾られた、お餅の木。
色といい、お餅の大きさといい、たまらん。

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食堂前のお庭にいた、犬君たち2匹も、たまらん可愛かったです。

* * * * *

『月の庭』さんからほど近い、天然酵母手作りパンのお店『ふじっこぱん』さん。ここも Jun ちゃんに教えてもらいました。

http://fujiccopan.cocolog-nifty.com/blog/cat2182274/index.html

これは夢のなかか?と思うような建物。お店に入っても、
なんだか夢のなかのままみたいです。

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おみやげに、あんぱんとちょこばんを。
見た目とおんなじ、夢のような味。美味しかった。

* * * * *

亀山を訪れたのは初めてです。
城下町、山がそのまま町になったような、坂の多い、古いお屋敷や土蔵がたくさんある、静かで、物語のなかで時を刻んでいるような町でした。
見える山の形が少し猛々しく尖っていて、それも好きだったなあ。

5月ですから。緑はむらむらと燃えています。






posted by K10 at 00:11| mini tabi

2008年05月11日

帰路

ここで、今回の旅を終わらせることにしました。

琵琶湖の北をぐるっとめぐって帰りました。
賤ヶ岳のふもとには、また興味深い遺跡がたくさんあるそうです。

今度は、琵琶湖のまわりの霊峰と古代遺跡をめぐる旅がしたいなあ。

春には桜並木が美しい海津大崎のあたりで、夕暮れ。

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この後、長浜まで湖岸道路をゆき、そこから高速にのって名古屋まで。
連休の旅行としては奇跡的ながら、渋滞知らずの旅でした。

さあ。次の旅まで、がんばるぞっと。
posted by K10 at 04:05| 春旅2008/05/06

鵜川四十八体仏

白髭神社からすぐ近く。
山の斜面が、ずっとお墓になった場所があります。
その一番手前に、戦国時代に彫られた阿弥陀如来様たちがみえます。

おひとりおひとり、お顔の表情が違います。
どの角度にしても、お墓がはいってしまうので写真は撮りませんでした。

湖にむかって、静かに立つたくさんのお墓。
ここは古来より、あの世、あるいはあの世への入り口とされていたのかもしれません。

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お墓の入り口の、大きな岩。
この形。ああ、気になる。


( 続 → )
posted by K10 at 03:54| 春旅2008/05/06

白髭神社

湖西をぐんぐん走る。
このあたりの景色は、琵琶湖の廻りでも特に良いと思っています。
山の迫り具合と、湖の穏やかさが、素晴らしいバランス。

白髭神社。
近江最古の神社です。
湖にたつ朱い鳥居が、遠い記憶に繋げてくれるような。
(この鳥居にまつわる伝承については、ちゃんと調べたいと思っています。)

ここに詣でるのは2度目です。
今回わたしの心に響いたのは、神社の奥「岩戸社」でした。

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伝承以前の祈りの場。
ここの本性は、この森にこそ宿っているのではないでしょうか。

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こわいけれど、懐かしい。
やっぱりここも、臍につながっている。


( 続 → )
posted by K10 at 03:43| 春旅2008/05/06

百穴古墳

同じ山に、百穴古墳があります。

「百穴古墳群(大津市滋賀里町甲)
百穴古墳群は、今から1400年前(古墳時代後期)に作られた墓が多く集まったところです。これらの墓は、大きな石を上手に積み上げて作った石の部屋(横穴式石室)を土でおおったものです。石の部屋は、死んだ人を納める部屋(玄室)と、これと外とを結ぶ細い通路(羨道)とにわかれています。表からみると、この通路の入り口が穴のように見えます。この穴がたくさんあるところから、「百穴」という名前がつけられました。」(看板より)

祭事用の土器のミニチュアが発掘されていて、これも渡来人に関係する遺跡ではないかと言われています。

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1400年前の、私が眠っていたような気がする。

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これは、いつの時代の石だろう。
たしかに残る、人の手の跡。覆う苔が眠りを包んでいる。

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こういう時間が、本当にしあわせです。


( 続 → )
posted by K10 at 03:21| 春旅2008/05/06

見世のおおぼとけ

422号線から1号線へ、そこから161号線に入り琵琶湖の西湖畔を北上。
滋賀里の「見世のおおぼとけ」へ。

反対車線は結構混んでいるのですが、琵琶湖を北へ向かう流れはスムーズです。
滋賀里病院を目印に狭い道をくねくね登って、祟福寺跡の看板まで辿り着きました。

車を降りて振り向くと、琵琶湖。その向こうに、三上山が見えました。

天智天皇創立と伝わる祟福寺。ここもすでに寺社はありません。
昔、京都への脇街道であった道を登っていきます。
低い石垣が段々になった道の脇、竹の林が光っています。
(どうやらここも、かつては田畑であったようです。
 この後、湖西を走るうち、似た形の水田を多くみました。)
まず、この穏やかな磨崖仏にお会いしました。

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いい大きさの仏様。
そして少し登ると、まあなんとおおらかな。

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3mを越える阿弥陀如来様。童子のようなお顔をしていらっしゃいます。
鎌倉期の仏様だそうです。

ちなみに、仏様目線の街道。

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すぐ横を流れるせせらぎの音。竹林を吹き抜ける風の音。
しみじみ、耳が休まりました。


( 続 → )

posted by K10 at 02:50| 春旅2008/05/06

しじみ飯

春旅2008最終日。
この日は少しゆっくりして、朝10時半に宿を出る。
石山寺近くの名物、しじみ飯で朝昼兼用ご飯が目的。

昨年ここで食べた味が忘れられず、再び訪れたのですが。
あたりはすっかり、変わっていました。
ずいぶん住宅が増えていました。
石山寺の駐車場ぎりぎりまで、いっぱいいっぱいに家が立っていました。
見渡せば、クレーンが3台。
そこここにマンション・ギャラリーののぼり、看板。
そうか、ちょっとした、住宅ラッシュなんだ。

湖の傍に暮らしたい、と思う人は多いでしょう。
京都にもほど近く、ベットタウンにもなります。

移転したお店で、しじみ飯を食べました。
味も変わっていたように思ったのは、私の気のせいかしら。


( 続 → )

posted by K10 at 02:24| 春旅2008/05/06

2日目の夕餉

時刻は17時。よいスケジュール。
422号を北上、石山寺の横を過ぎ、大津の街へ。
ここは県庁所在地。パルコもあるし、SEIYUもある。
でも、一歩裏へ入ると急に空気が変わるのが印象的でした。
不思議なことに、背の高いビルの気配がいきなり消える感じです。

シーザー・ペリ建築のびわこホテル。
その横に、映画館併設の大きな娯楽施設。
ずいぶんと明るい琵琶湖。
派手な噴水を抜けて、クルーズの船が出航していきます。

なんとなく、その施設内にあった台湾料理で夕食をとりました。
窓際の席で、暮れなずむ琵琶湖が見えます。
たぶん、県内随一のデートスポットなのでしょう。若いカップルがいっぱい。
雨上がりの湿気を含んだ湖岸のデッキを、さまようように歩いています。

一日、石と仏様を探して山を登っていたので、なんだか自分がどこにいるのか、ちょっとよくわからないままに、そんな景色を眺めていました。

1号線沿いのスターバックスでキャラメル・ラテとポテトチップスを買いました。
いつでもどこでも、スタバは現実と私を括り付ける。

初日と同じ宿に戻りました。


( 続 → )

posted by K10 at 00:39| 春旅2008/05/05

富川磨崖仏

この日最後の目的地、富川磨崖仏は大津市大岩富川あたり、信楽川沿いの山の中にあります。
彫られた仏様のうち1体の耳のあたりから鉱泉が湧いているため、別名「耳だれ不動」とも呼ばれています。

着いた時、ちょうどどしゃぶりでした。
かなり疲れてもいたので、お菓子をかじりつつしばらく車のなかで休憩。
運よく10分ほどで小降りに。

車を降りて川を渡り、山に入ります。
そろそろ膝が限界に近かったので、山の入り口にあった杖を使いました。
驚きの、使いよさ。支点がひとつ増えるって、すごいのだな。

とはいえ、かなり厳しい山道でした。
ここも、人が訪れることは稀なのかもしれません。
どうにか登りきり、仏様にお会いすることができました。

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像高6.3m、大きな仏様です。
阿弥陀三尊像と、不動明王が彫られています。
鉱泉が湧いているのはこのお不動様なのですが、この日は雨も降っていてよくわかりませんでした。
しかし、雨に濡れた石の美しさはまた格別、素晴らしいものです。


( 続 → )
posted by K10 at 00:18| 春旅2008/05/05

2008年05月10日

朝宮

多羅尾を満喫。307号線に戻り422号で北上、再び琵琶湖に向かう。
その途中に、目指す富川磨崖仏があります。

降ったりやんだりの雨の中、道沿いに茶畑が広がっていました。
すぐそこに、お茶の直売所が。
朝宮は有名なお茶の産地で、奈良の茶粥はここのお茶で作られるそうです。

無農薬の田舎番茶を購入。
葉をよっておらず、まるで枯れ葉のようなのですが、なんともいい香り。
やかんや土瓶、お鍋で煮出してねと、お店の方に言われました。

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帰宅後、すっかり夢中に。
がんがん煮出しても、全然エグ味がでません。一日中飲んでいます。

また買いに行こう。


( 続 → )
posted by K10 at 23:59| 春旅2008/05/05

多羅尾3(滝の脇磨崖仏)

車に戻り、先ほど女の子たちが教えてくれたとおりに行く。
「ここまっすぐ行って、駐在さんのとこ右に曲がって、すぐだよ。」
迷わずに行けました。みんな、ありがとうね。

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正中二年と銘があるそうで、鎌倉時代に彫られたものです。
岩洞の磐座とは全く趣の違う、柔らかく穏やかな仏様。
ずっと、道行く旅人や村の子供たちを見守ってこられたのでしょう。

私の心も、静まりました。
posted by K10 at 23:31| 春旅2008/05/05

多羅尾2(岩洞山不動尊)

下調べの段階では出てこなかったお不動様。

「岩洞山不動尊の石像は、ここから山に向かって500m程入ったところにあり、信楽町大字多羅尾字古屋ケ谷の奥の山の上に位置しており、弘法大師が作られた石像である。
弘法大師は、中国から帰られ、真言宗の聖地を開こうと多羅尾の地に来られ、土地を調べられたが、少し意に合わず断念され、その際に不動明王の尊体を彫刻され、自ら据えられたと言い伝えられている。」

看板の言葉。
むむ、空海殿か。石像ですし、なぜかとても気になったので、行ってみることに。

山にむかって少し歩くと、道が分かれています。ちょうどそこで、草刈りをしている男性がいたので聞いてみました。

「ああ、お不動さん。この道をまっすぐ登って。20分くらいは歩くよ。」

20分!?予想外。でも、ここで引き返すのは悔しいのでがんばることに。
雨はちょうど上がっていましたが、空はまだ厚い雲に覆われています。なので、山道はかなり暗い。落ち葉も濡れて、滑りやすいのです。しかも、狛坂のように観光用に整備されておらず、土地の人がそのままに使う山道なので、軟弱者の私はかなり不安でした。熊でも出てきそう。
ちょうど鞄に、蛙の形をした鈴が入っていました。これは、6年前はじめて近江を訪れた際、湖東木之本のお寺で求めたものです。これを手首につけ、シャンシャン鳴らしながら登りました。

息を切らして辿り着いた祠。
なんとお不動様は、しっかり閉じられた祠の中。
全く拝観することができません。
しかし、そのまわりの磐座。なんという光景。
ものすごい重力を感じて、はっきりいって、怖い。



写真では妙に明るく写っていますが。
古代の信仰対象であったことは、ほぼ間違いないと思います。
(弘法大師様と巨石・磐座信仰は、他の土地でもよく結びついていた。要考察。)
これはもう、美しいとかそういう針が振り切れたところの感動。

岩に彫られた梵字。



この岩の隣に、鏡岩という表面がスパっと平な大石が。
「鏡」の文字をみたとたん、吉野裕子『蛇』を思い出し背筋が凍る。

「…カガチ、カガミ、カカシ、その他、語根に「カカ」を含む語を考察してきたが、その結果、これらの語にはいずれもなんらかの形で蛇に関わりをもつと推測するに至った。」(吉野裕子『蛇』P.124 講談社学術文庫)

ものすごく、いっぱいいそう。いない方が、不自然。
アオダイショウならまだしも、マムシだったらどうしよう。
雨上がりなんて、蛇が一番、ものすごく元気に活動しそう。
蛇は特に苦手ではないけれど、今は絶対に一番会いたくない。

畏怖の念、といえば格好がよいですが、もっと単純な恐怖です。
磐座の放つものすごいエネルギーと、それに引寄せられているだろうたくさんの蛇を想像して、落着くのに必死でした。
手首の鈴を、振り回さんばかりに鳴らしながらの下山。

道路に出たら先ほどの男性はもうおらず、刈られた草の匂いが漂っていました。


( 続 → )
posted by K10 at 22:03| 春旅2008/05/05

多羅尾1

多羅尾の里は滋賀県の南端、すぐ先は京都、三重。
大戸川沿いに、細長い里でした。

目指す磨崖仏が、なかなか見つかりません。
里のはずれ「岩洞山不動尊」の看板はありますが、これは磨崖仏とは違うよう。
その看板の所に車を置き、誰かに聞こうと歩きはじめました。

草刈り機の音が聞こえてきます。
花がそこここに咲いて、そこいらじゅう春の匂い。
いい里だなあ。

公園があって、小学校4〜5年生くらいの女の子が数人、一輪車にのって遊んでいました。

「この近くに、大きい岩に、小さな仏様をたくさん堀ってある場所、ない?」

女の子たちは一瞬、顔を見合わせると一斉に
「知ってるよ!あのね、あのね。」
「むこうのね、駐在さんのお家の前をね・・・。」

小鳥みたいで、なんて可愛いんでしょうね女の子たち。

ありがとう、ばいばーい、と別れました。


( 続 → )
posted by K10 at 20:35| 春旅2008/05/05

妙感寺地蔵磨崖仏

雨は降ったりやんだり(降る時は、かなり強くなります)。
1号線をさらに東へ、「三雲西」交差点を右折。53号線を南下。
「妙感寺」の標識にそって右折、川沿いの道を2kmほど。

妙感寺は臨済宗のなかなかに大きなお寺です。
駐車場に車を置き、お寺の裏山を登っていきます。
10分ほど登ったところに木とトタンの小屋。仏様は、そのなかに。



お地蔵様の左右に、掌善・掌悪の稚児像が彫られているのが特徴。
鎌倉時代の仏様、とても美しかったです。

* * * * *

ここから次の目的地「多羅尾」まで307号線を南下。
そろそろお腹がすいたので、道沿いの70年代後半を思わせる喫茶店にて、夫はフライ定食、私はドライカレーセット。
市が立ちにぎわう信楽を通り抜け、車はどんどん山のなかへ。


( 続 → )
posted by K10 at 18:28| 春旅2008/05/05

車谷不動磨崖仏

善水寺から車を出し、岩根の里をゆるゆると走る。
この頃から、空がぐんぐん暗くなりはじめ、ああ降りそうだなあ。

岩根山小学校近くの集会場に車を止め、磨崖仏の標識に沿って山に入る。
しばらく登ったところに、ありました。



像高4m。江戸時代に彫られた不動様です。
なるほど、お顔立ちといい姿勢といい、なんだか歌舞伎っぽい。

それにしても、磨崖仏にお会いするにはひたすら山登り。
夫君は、朝から筋肉痛。
私は意外と平気、でしたが・・・むしろ歳のせい?

山を下る頃から雨が降りはじめました。
まわりの田んぼで、一斉に高くなった蛙の声が耳に残りました。


( 続 → )
posted by K10 at 01:09| 春旅2008/05/05

岩根山不動明王磨崖仏

善水寺から不動寺に至る山道を、徒歩で20分ほど歩いて下る。
無住の不動寺には、磨崖仏へ向かう拝殿があるのみ。
切り立つ崖に彫られた仏様なので、拝殿もかなり厳しい建ち方。



本当に、殆ど仏様にくっつかんばかりに拝殿があるので、
そのまま拝むには、こんなふうに真下から。失礼いたします。

お顔は、風化が進んでいます。
ですが、これこそ磨崖仏のあるべきお姿なのでしょう。

制作年代は室町時代。
「卜部左兵衛入道」さんが彫られたとの銘が残っています。
卜部さんとは、代々続くこのお寺の住職の姓だとか。

言葉が彫られていると、さらに愛着が湧く私です。


( 続 → )
posted by K10 at 00:41| 春旅2008/05/05

善水寺2(地蔵堂脇に)

善水寺の駐車場から石段を下り、地蔵堂へ。
その途中、この小さく素朴な磨崖仏はあります。

石の、左上に注目。



写真が下手で暗くなってしまいましたが、アップを。




それにしても、この、磐座。
やはり古墳の石、なのかしら。
古代信仰と巨石への興味が、むくむくむくむく。


( 続 → )
posted by K10 at 00:17| 春旅2008/05/05

2008年05月09日

善水寺

国道1号線を「夏見」の交差点で左に折れ、思川を渡ると里に入る。
岩根山を車で上っていく途中に、目指す不動磨崖仏の看板がチラリと目に入るも、
とりあえず国宝のお寺を参ることにする。

30台は停められる大きな駐車場、でもこの時間はまだ数台ほど。
車を降り、拝観料を払って中へ。

山懐に、ゆったりと大きく座る、優美かつ重みあるお寺の姿。



本堂にあがると、和尚様が実にきびきびとした美しい動きで、白布を折りたたみ何かの準備をなさっています。
中央には扉の閉まった厨子が。そのまわりに、様々な大きさの、木彫りの仏様が何体もみえました。
私たちがお参りをすませるのを見ると、和尚様は準備の手を止めて、仏様の説明を始められました。

ご本尊の薬師如来様は秘仏のため、お写真での拝観(ご開帳の時は定められていないそうです。ちなみに前回は平成13年、52年ぶりのこととか)。その他、平安時代に彫られた木造の仏様たちに、お会いすることができました。

和尚様の姿勢とよく似た、簡潔でわかりよい説明のあとは、ゆっくり堂内をめぐり。
残る彩色に、胸がじんとしました。ああ、1200年前の、色。
石仏とは全く異なる、繊細な技術にうっとりする。
最後にもう一度お参りをして本堂を出ようとしたら、和尚様に声をかけられました。

「甘茶の準備ができました。どうぞ。」

そうか、今日は花祭り。お釈迦様のお誕生日でした。
甘茶かけは初めての経験。高さ20pほどのお釈迦様の像に、金の綺麗な形の柄杓で甘茶をすくい、おかけします。
(竜王のお祝い、甘やかな雨というのも、ああぐっとくる。)
「なんだか妙に楽しい気分になるねえ。」と子供みたいな夫君。
甘茶も頂きました。本当に、びっくりするほどに甘い。
(ちょっと、喉が焼けるような甘さ。お薬なのですね。)
お寺の境内にも甘茶の木が自生しており、和尚様はわざわざ庭に降りて見せて下さいました。

善水寺は、信長の焼き討ちを免れた、数少ないお寺です。
このため、比叡山のもとあった姿を知る術ともなっています。
その善水寺も明治時代、資料整理のためたまたま古文書類を村役場に預けていた時に、役場が火事で全焼。古書は、江戸から明治の数冊が残るのみとなってしまったそうです。
しかし、寺に残る平安期の立派な仁王様は、山門が大水で流された時、折よく本堂に移されていたために、難を逃れたとか。

消えゆくもの。残るもの。歴史は気まぐれ、なのでしょうか。


( 続 → )

追記:

平安期の素晴らしい仏像を見ていて、岡野玲子『陰陽師』2巻の中にあるお話を思い出しました。東寺の優れた仏師が四天王のおひとり広目天様を彫っている折、踏みつける邪鬼が逃げ出してしまった。邪鬼が山で人にいたずらをして困るので、安倍晴明が捕まえ仏師に返したというもの。
さもありなん。平安期の仏様は、実に優雅に、生き生きとしていらっしゃいます。

posted by K10 at 10:16| 春旅2008/05/05

レストラン「うしお」

厚い雲。まだ降り出してはないけれど、天気予報は雨。
8時半、宿を出る。

1号線を東に走っていくうちに、「ここは通ったことがあるぞ」と夫君。
数年前、平成6年グットデザイン賞を受賞したカフェを見学にきたそう。
探すまでもなく、道沿いに発見。

少々驚くほどに洒落た建物。(写真を忘れました。残念。)
せっかくですから、ここで朝ご飯をいただくことに。
木とコンクリート、大きなガラスと、植栽が実に見事。
建材にもかなりお金をかけている模様。
中からみる景色は、ちょっと軽井沢かと思う程。

しかし店員さんのユニフォームやメニューは、なんというか、
実に実に庶民的。

このギャップは、なかなかない。面白かったです。
夫はオムレツのモーニングを、私は和風リゾット(つまりおかゆ)。
体を暖めて、さっそく目指すは善水寺。


( 続 → )

posted by K10 at 09:53| 春旅2008/05/05

2008年05月08日

初日の夕餉

ふたりとも、腹ぺこぺこぺこ。
気分は和食、草津へ走る道すがら、目をこらす。

「お造り」の札が見えたので、そのままその小料理屋へ。
カウンターと小さなテーブルが2つ。こぎれいなお店で、ものすごく気風のよいお姐さんがひとりで切り盛りしている、全く常連さんばかりといった店だった。
お姐さんは、名古屋に親戚がいる、ご縁やねえといい、すべてのお客さんと軽妙に笑いしゃべり、まるでコントみたいに酔っぱらったお爺さん3人組をあやし、次々と料理を出していく。お客さんもみな感じがよく、いつしか一見の私たちも、会話のなかに取り込まれていった。

お姐さんが料理を作るため厨房に引っ込んだ時、ひとりの常連の男性が声をかけてきた。大阪出身、仕事で名古屋にいたこともあるそう(知っているとあげた場所がかなりローカルだったので、まあ信じられる情報と思う)。
今の大阪弁、あれは本当の大阪弁ではない、河内弁と吉本弁です、等々ひとわたり関西について語ったあと。

「滋賀は、琵琶湖の東西南北で人も文化もみんな違うんです。ここは、商人の街。よそものに、あたりはいいけどせちがらいですよ。」

あ。教えてくれてるんだな、と思いました。
案の定、お勘定。結構いきました(爆)。

まあ、お刺身などずいぶんと盛りがよかったし、桁外れではありませんでしたが。日本でぼられるとは、いやはや。修行が足りないにも程がある。

でも、こそっと教えてくれる常連さんや、この経験から感じた「地の風情」は、なかなか味のある思い出になる。ボケているのだろうけれど、むしろ面白いのだった。
常連さん達、どうもありがとう。
お姐さん、これからもがんばってください。


( 続 → )


posted by K10 at 23:59| 春旅2008/05/04

妙光寺山地地蔵磨崖仏

福林寺跡からほど近い、妙光寺山地地蔵磨崖仏へ。

妙光寺山は、美しい三上山と北の尾根伝いに繋がっている。
ここも、霊峰なのだ。

田畑を過ぎて山道へ。登り口には、猪よけの鉄柵があった。
針金の掛け金を外して入り、またきちんと閉めて登った。

…思っていたより、厳しい山道。
少し湿った土に落ち葉が積もって、足裏にまとわりつくような感覚。
「仏まで400m」とあったけれど、3倍くらいに感じた。

ふいに、古代遺跡のドルメンのような建造物に出くわす。
岩神、とあった。

岩神

お供えの台もある。盛り土の流れた古墳なのか。
石に宿る時。石に宿る祈。
畏怖の念に、重力が強くなる。
息をのむような存在感。鳥肌がたつほどに惹かれた。

だが目指す磨崖仏はもっと上。がんばって、登る。
そして頭上の岩肌に、大きなお地蔵様が現れた。



「元享四年」の銘が彫られているとのこと、鎌倉時代の仏様。
錫杖と宝珠を持ち、沓を履いてみえる。これは珍しいそう。
すらりとスタイルのよい仏様でした。

下山の途中、岩神様の前で、夫がこぶし程もある水晶のような塊を見つけた。
夫は無邪気に、手に取って眺めている。
手渡された私は困ってしまって、お供えしようと台に置くも、ひどく落着かない。
色々な場所に、色々な角度で置いてみて、結局、もといた土にそのまま納めるように置いたら、空気がすっと落着いた。
水晶のことを、現在の文明は、実は、あまり知らないのだろう。
(数日前、我が師との電話で話題となった、古代文明のことを思い出した)

少しずつ夕暮れがせまってきた。時刻は5時半。
山を下りて車に戻り、スニーカーを脱ぎ捨てサンダルに履き替える。
宿をとった草津市へ。


( 続 → )
posted by K10 at 22:50| 春旅2008/05/04

福林寺跡磨崖仏

道の駅「こんぜの里りっとう」へ戻り、私はチョコレートアイス、夫はソフトクリーム。糖分を補給して、次の目的地「福林寺跡磨崖仏」へ出発。

12号線を北上して1号線を越え、8号線を左折、東へ。
野洲中学校の裏手に車を止め、標識にそって裏山への道に入る。
あたりは、静かな重みある田園風景。

自転車道路のように舗装された道も、道幅半分くらいまで雑草に覆われている。
白く塗られた鉄門を開いて舗装路を下り、用水に渡された小さな橋を渡って山に入った。

土に足を下ろしたとたん、むせ返るような藤の花の匂いに全身包まれた。
甘くて、少し気が遠くなる。
山道は落ち葉が敷き積っていて、人はあまり訪れていないようだ。

狛坂寺と同じく、ここもすでに社はない。
5分程登ったら、少し開けた斜面に、三体の仏様が見えた。



制作年代は、室町時代。
一番左の観音様は、そのまわりに痛々しい鑿の傷跡がある。
かつて何体もの仏様が、大阪方面の富豪の屋敷を飾るために盗まれたそう。

(その気持ちがわからなくもないほどに、素朴で美しい仏様)

この岩の奥には、江戸時代に彫られたとみられるお地蔵様。

福林寺1

おひとりおひとり、笑ってみえます。
その他にも、石の仏様がいくつも、そこここに並んで。

落ち葉に、半ば埋もれた方も。
よい香りと穏やかな空気に満ちた場所でした。


( 続 → )

posted by K10 at 21:04| 春旅2008/05/04

金勝寺

膝がそろそろ笑い出し、何より、腹が減った。
鞄に入れていた蓬ベーグルをかじり、何度も座って休憩しながら、来た道を戻る。
(水晶線という別の道はとても歩いてみたかったし、その先にある「逆さ観音」と呼ばれる磨崖仏もとても観たかったけれど、これは次回の楽しみに)

登山口に辿り着いてみたら、木の杖が何本も置いてあった。
行きは心がはやりすぎて、全然気づけなかったのだった。

車で、金勝寺へ。
奈良 東大寺と二月堂を建立した僧 良弁和尚が開いた寺と伝わる。
( 諸説あり )
2005年に訪れた、小浜の鵜の瀬を思い出した。


山門に至る道の、石で作ったV字がおしゃれだなあと感心したら、それは排水を考えてのこと、と夫。
言われれば確かに、水の多い土地らしく苔が深い。そして、ずいぶん大きな排水路が作られていた。

このお寺には、重要文化財に指定された木造釈迦如来坐像、木造虚空蔵菩薩半跏像、木造軍荼利明王立像、木造毘沙門天立像がおみえになるそうです。
この日は、軍荼利明王立像のお姿だけ拝むことができました。
(基本的に、仏様の拝観は行なっていないとのこと)

山門への道にて。

金勝寺と私


( 続 → )
posted by K10 at 20:54| 春旅2008/05/04

狛坂磨崖仏4

厳しい下りを行くと、静まるような窪地にでて、狛坂磨崖仏は鎮座していた。

縦6m、幅6m程の花崗岩。
中央に如来様座像。その両脇に、菩薩様立像の三尊像。
その上部に、小さな三尊像と、さらに仏様が三体。
この岩の下に、別の小さな岩に彫られた三尊像がある。



平安初期、興福寺の僧 願安によって建立されたと伝わる狛坂寺。
しかし、詳細はすでにわからなくなっている。
明治の廃仏毀釈の折に廃寺となり、今は石垣跡と、この磨崖仏を残すだけである。

磨崖仏の制作年代は奈良時代とみられるので、寺の建立以前に彫られ、この地にて1200年以上の時を過ごしてきたことになる。
新羅にある磨崖仏と作風が似ていることと、硬質な花崗岩を彫る技術を持っていたことから、渡来人の手によると考えられている。


どっしりとした如来様。
その両脇で、柔らかく頬を寄せるように、かすかに小首をかしげて、腰を少しだけひねって立つふたりの菩薩様の、胸に火が灯るような微笑み。

ああ、大きいなあ。ゆたかだなあ。


( 続 → )


posted by K10 at 20:25| 春旅2008/05/04

狛坂磨崖仏3

重岩から5分ほどで、国見岩に出る。
なるほど、眼下にひろがる近江の国。

でもそこには、山の腹をつらぬいて走る高速道路が。
…私も、これを使ってここまで来た。
山の神様は、怒っているのだろうか。

反対側をむくと、ここからも三上山が見えた。
あぶくたつような奇岩のかなたに、優しい三角。

国見岩


ここを過ぎたあたりから、少しずつ道が険しくなる。
岩が両側からせり出し、かなり狭くなっている場所。



切り出したような岩肌。古墳?
修験の「くぐり」を、少し思い出したりした。

水が湧き、道がぬかるんでいる場所を過ぎる。
木の根と、がたがたの石と、砂地を、もくもくと行く。
森が一層深くなる。

ああ、近づいて来たな。


( 続 → )
posted by K10 at 19:43| 春旅2008/05/04

狛坂磨崖仏2

花崗岩が砂状になった道はとても滑りやすく、時々手をついてしまう。
(紫外線対策で手袋をしていたので、本当に助かった。)
杖が欲しいと思ったけれど、そうそう程よい枝は落ちていない。

大人ひとりが普通に歩けるほどの道幅。
尾根伝いの道を、時々滑ったり、岩にすがったり、木の根につかまったりしながら
ぐんぐんと歩いて行く。
時々すれ違うハイカーとは、必ず挨拶を交わす。
山にも作法があるのだと知る。
どのような山も、神聖かつ危険なのだな。

途中ふいにひらける眺望に見える、この山を作っている奇岩が、ごろごろと鳴っているようで、自然に笑いがこみ上げてくる。

アップダウンを繰り返しながら30分ほど歩いて、「茶沸観音」に出合った。

茶沸観音

花崗岩の岩肌に彫られた、30cm 程の仏様(観音様と呼ばれていますが、如来様との説もあるようです)。
この先にみえる狛坂磨崖仏と同じく、奈良時代の作と伝わる。
可憐なお姿には、なにか、はっと胸をつかれるものがあった。

さらに10分ほど歩き、達磨さんのように巨石が二つ積み上がった「重岩」の前に。
…人工的に積み上げた?それとも、風化?
この岩そのものに、不思議な重力を感じてどきどきした。
(写真が撮れていなかったのが残念)
下の岩肌に、うっすらと仏様が彫られている(阿弥陀様のようです)。
が、かなり風化が進んでいる。
さらさらと、仏様は空にとけていくのだなあ。



( 続 → )



posted by K10 at 16:10| 春旅2008/05/04

狛坂磨崖仏1

5月4日(日)。晴れ、暑くなりそうな空。
朝9時頃、名古屋を出発。
名神「栗東」IC で高速を下り、県道栗東信楽線(12号線)を南下。
渋滞に巻込まれることもなく、10時半には道の駅「こんぜの里りっとう」到着。

小腹がすいたので、開店まもない食堂で私はきつねうどん、
夫は、こんちゃんラーメン(猪肉の入ったラーメン)を。
夫君いわく「結構、いける。」

ここで金勝山(こんぜやま)ハイキングマップと飲み物を買い、登山口までさらに車で登る。金勝寺(こんしょうじ)を過ぎ、馬頭観音堂駐車場まで、約5分。
10数台分ほどの駐車場、この日はさすがに連休のため、私たちでほぼ満車の状態。

駐車場から見る三上山(標高432m。中央の、とても綺麗な三角の山)。
三上とは「御神」の意で、神体山である。
美しい姿は、近江富士とも呼ばれる。
この旅の間、行く先々の景色にこの山の姿を見つけて、ふと安心した。



三上山


ここから、いよいよ約1時間のハイキング開始。



( 続 → )

posted by K10 at 15:50| 春旅2008/05/04

春旅2008 滋賀の磨崖仏、石仏廻り

5月、連休恒例の春旅。
今年のテーマは『滋賀の磨崖仏、石仏廻り』に決定。
長らく観たいと願ってきた「狛坂磨崖仏」を、いよいよ拝みにいく。
その他、琵琶湖をぐるりとめぐって様々な時代の「石の仏」を探訪する
二泊三日の旅。
この4月、我が家の一員になったばかりの、MINI COOPER CLUBMAN での
初旅でもある。

近江を初めて訪れたのは6年前。
以来、年に2度は訪れている。
私たち夫婦にとって、大切な趣味の地なのです。

【 旅程 】

5月4日:狛坂磨崖仏・金勝寺
     福林寺磨崖仏(小磨崖仏群)
     妙光寺山地地蔵磨崖仏

5月5日:岩根山不動磨崖仏
     車谷不動磨崖仏
     妙感寺地蔵磨崖仏
     岩洞山不動尊
     多羅尾磨崖仏
     富川磨崖仏

5月6日:見世のおおぼとけ
     白髭神社
     鵜川四十八体石仏


( 続 → )





posted by K10 at 00:59| 春旅2008/05/04